4月28日から5月2日まで、黒部源流の取材(4泊5日)から帰宅した。今回は主に雪山と星空の、夜の撮影がメインだった。天気予報を見て組んだ日程だったので、当然の如く、全夜、満天だった。毎晩、撮影ポイントとなる頂上でビバークしたが、それなりに風があって快適ではなかった。まあ、一人の山行は、自分が常々に企画しているガイド登山と違って、楽しさや快適さなどどうでもいいのだが……。作品作りに自分がどれだけ燃えられるかが大事! 4泊の朝夕8食ともに同じ味付け?のパスタ150グラムとコーンスープというのもガイド登山では考えられないことだが……。
写真家の仕事とは何か。思うこと。
1,純粋に自分という人間が生きたこと、あった感性の証を残すこと。
2,自然や風景を万人に表現し、その奥深さ、脆さ、尊さなどを訴えること。インタープリターとしての役割。
3,失われつつあるモノ、歴史を残す作業。
※出版を考える前に、表現する前に、その意味を考えよ!
1999年から2004年頃まで、自分が燃え上がるような情熱で撮った「黒部」。技術とか、スタンスとか、機材、フイルムかデジタルなどではなく、それを超えることの難しさを、黒部の再取材をこの3月の空撮をスタートに始めたばかりだが、今回、痛感した。この数年で、日本の自然なら何処でも(最低でも100日くらいは必要だが)”それなりに意味がある”写真集を作れるくらいの自信がついたが、逆に黒部だけは持てないのだ。いつしかいちばん得意とする山域が、いちばん纏めにくい場所になっていた。あの時の、過去の自分、今まで出してきた黒部の自著を超えることができないのに気がついた。落ち穂拾いには、燃えてこない。僕が今回かかげた”黒部を残すための取材”、それは今までしてきたような集中して一気呵成に成せるような類のモノではなく、長い年月と、まだまだ沢山の蓄積が必要な気がする。
という考えから、黒部は当面、2つのやり方で並行して取材することにした。1つ目は昨年思いついた黒部今昔の写真集(出版社から出版できるか否かの返事がないため5ヶ月間保留にしていたが)を3年後位を目処に作ること。2つ目は最新のデジタルカメラでの可能性を特殊撮影などを使い、黒部で試すこと。これはコマーシャルやグラビア、カタログ、カレンダーなどで発表したい。デジタルカメラの可能性を表現することに意味は感じるが、わざわざ写真集にまでする意味はだんだん感じられなくなってきた。
キャノンの魅力
最近、中判カメラユーザがデジタルに切り替える人がプロアマ問わず、加速している気がする。いちばん最後になりそうな風景写真、山岳写真の分野でもそうだ。僕も愛用しているペンタックス67,645の今年秋の生産中止の影響も大きかったようだ。それこそフジフイルムがそれを受け継ぎ、販売していけば、フジがフイルム派を一括できて、いいと思うのだが。そんなにうまくはいかないか。
どこのメーカにしたらいいか?僕は今回、キャノンの企画展のお仕事をした立場だが、現在のボディの性能が大差ないのならば、まずにレンズだと思う。ハイアマチュア以上ならボディは3,4年に一度、30万円の買い換えが必要だが、それなりの撮影をしていればいいことだ。レンズは一揃え100万円だからやはり大きい。後は、今後どんな可能性があるかとか、どんな活動(サークルや写真展や、諸々)をしているかも重要視するべきではないか。キャノンは若い作家に発表の場や仕事を与えたり、若い作家の発掘も積極的にしている。「写真家達の日本紀行」BSジャパン毎週土曜日19:00〜のようなユニークな番組を作ったり、内容の濃い月刊誌を出したり、もちろんある程度儲かっているからこそできるのだろうが、直接儲けにならない、写真界において意味のある活動を、数多くしているメーカーだと思う。

黒部五郎岳から鷲羽岳と星空・原版デジタル

黒部五郎カールと星空・原版デジタル