キヤノンギャラリー梅田の写真展のオープニングに木金土と3日間滞在してきた。事情でこの週末の平標山笹穴沢のガイドは中止したが、シルバーウイークの柳又谷水谷のガイド以降は実行します。



大阪の写真展にて いただいたお花と手作りのおちょこ・携帯で撮影
●誰かが言った。畳の上で死ぬなんて許されない人間だと自覚しなさい。アナタは山で野垂れ死ぬべき人間なのだと。
●いつまでも、いつまでもチンピラ写真家でいいのかよ。
●恥の上塗りのような人生だが、僕はひるまない、消極的になる時間がない、とにかく走れと同世代で数日前に横死した友の死が僕に語りかけてくる。
●天候不順の夏の終わりに東京近郊で沢登りをした。冷夏だったから始めて夏を感じたような、熱い1日だった。長い林道歩き、連続する滝登り、ツメの急登……、グングンと登っていく、やたら強靱な女性陣がいるなか、周りをあまり気にせず大汗かいてへたり込み、しかし、明るく、楽しげな、屈託ない笑みのTさんがあった。ほんとうに沢登りが好きなんだと思った。人間が好きなんだなと思った。
Tさんが僕のガイド山行に来てくれたのは、初めてだったが、数年前から富山や東京での写真展や講演会などに何度もマイカーを飛ばして来てくれ、同世代だったので話題も合い、話すようになり、いつしか彼の家で泊まる位の仲にまでなっていた。
Tさんは帰りしなには、この冬も、南アルプスのガイドの帰りには寄って下さいねと言っていたっけ。
それからちょうど1週間後、彼は地元の南アルプス前衛の山の沢登りを単独でして、遺体で発見された。山、沢、写真を愛するTさんは沢登りはしたことがあるが、滝は登るのではなく高巻くモノだと思っていたと語っていたが、滝を登るおもしろみを、その危険度を的確に理解させずに、安易に教えてしまったことが悔やまれる。
数日前の夜、僕は不覚にも、しかし、とてもあり得ない場所で、ちょっとしたケガを負ったが、彼が行方不明になっている晩のことで、なにか運命的なものを感じる。
風のように僕の記憶のなかに現れ、消えていったTさん。きっと自分が死んだなんて認識しているんだろうか。我の強い自分と話すときは、いつも聞き手で屈託のない笑みお浮かべていた。彼の分までなどとは言う気はないが、同世代の友人の死は何か考えさせられる。