2009年07月02日

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今朝、トキを撮りに行ってきた。今年は小笠原でアホウドリやカツオドリを撮ったり、白神でアカショウビンを撮ったり、今まで被写体にしたことがない野鳥を撮るのは新鮮でいい。
今週末は、極少人数しか集まっていないので迷っていたが、丹沢のガイドを実行することにした。
白神1ヶ月の疲れが今になって出てきたのだろうか、ここ数日何もしたくない状態が続いている。

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ホタルの乱舞(朝日町) 2009,6,28・原版デジタル
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黒部に飛来したトキ 2009,7,2・原版デジタル
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2009年06月19日

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 今回の31泊32日は、ちよっと僕には長すぎたような気がする。25日間ぐらいを過ぎてから「一瞬なりと風景を見過ごすまい」という神経の集中力が、鈍く、続かなくなってきた気がする。
 白神在住の写真家・Hさんは「志水さんはやっぱり旅の人だと思いますよ」といった。彼にとっての「白神」は住処、居場所。僕も黒部や富山の自然に対しては、今後、「期限限定型」の取材などしない。かつて、それをして行き詰まったし……。でも屋久島や白神では「旅人」でいいのだ。期限限定で全身全霊を尽くすやり方でいい。僕はこのやり方でしか見えない世界があることを確信している。

「おまえは世の中のクズだ」、幼少の頃、理由は全く覚えていないが父によく言われて、傷ついた言葉だ。しかし、30年経った今、時々、自らそう思う。大きく落ち込む理由がなくてもそう思うことがある。わずかな退屈も、暇も、休息も僕は大嫌いだ。ペシミストは所詮、不幸だ(ほんとうのところ、僕は幸せとか、不幸とかという感覚はわからないのだが……)。
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2009年06月16日

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 5月15日から6月15日まで31泊32日の白神山地の長期取材から帰宅。撮りそびれたものもあったが、それなりに成果あったかと思う。僕の白神におけるテーマは「白神・水と森」に決めた。この後は、今年10月下旬、11月下旬にそれぞれ半月間くらいの取材を考えている。また、7月中旬にもし時間がとれればホタルだけを狙って白神に行きたい。
 富山に戻ると、最近、地元にトキが飛来しているというのでさっそく出かけてみたが、見ることはできなかった。やはりリアルタイムの目撃情報を聞いて行かないとダメみたいだ。
 今週末は甲武信岳の沢のガイド。天気もよさそうなので楽しみだ。

●人生が「光」ならば、誰よりも力強く輝きたい。人生が「戦争」ならば、微動だにしないポリシーを貫きたい。人生が「音楽」ならば、水の流れのように美しくありたい。「旅」ならば、密で果てしなくありたい。「夢」ならば……、いつ醒めるのだろうか。
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2009年05月23日

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 16日・旅の日に出発しはや1週間が経った。19日に白神山地の空撮を行い、20日は深浦町主催の講演会「知床から屋久島、小笠原・日本の自然を語る」を行った。その他の日は岳岱、クロクマの滝、白神岳、太夫峰、白神ラインの新緑撮影など。今日23日は土砂降りだったのでオフとし、今まで撮ってきた作品を見ながら、これからどんな写真を撮ったら変化がつけられるか、深みが出るかなどを一人で検討した。
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白神山地空撮:原版645判ポジ&デジタル
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2009年05月13日

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5月17日から6月15日まで29泊30日、白神山地に入り、写真集取材、ガイド、撮影ツアー、テレビロケ、講演会などを行ってきます。電話もメールも通常通り見られますので、何かありましたら気軽にご連絡下さい(PDFや画像を含むメールは取材先では見ることができません)。
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2009年05月03日

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 4月28日から5月2日まで、黒部源流の取材(4泊5日)から帰宅した。今回は主に雪山と星空の、夜の撮影がメインだった。天気予報を見て組んだ日程だったので、当然の如く、全夜、満天だった。毎晩、撮影ポイントとなる頂上でビバークしたが、それなりに風があって快適ではなかった。まあ、一人の山行は、自分が常々に企画しているガイド登山と違って、楽しさや快適さなどどうでもいいのだが……。作品作りに自分がどれだけ燃えられるかが大事! 4泊の朝夕8食ともに同じ味付け?のパスタ150グラムとコーンスープというのもガイド登山では考えられないことだが……。

 写真家の仕事とは何か。思うこと。
 1,純粋に自分という人間が生きたこと、あった感性の証を残すこと。
 2,自然や風景を万人に表現し、その奥深さ、脆さ、尊さなどを訴えること。インタープリターとしての役割。
 3,失われつつあるモノ、歴史を残す作業。
 ※出版を考える前に、表現する前に、その意味を考えよ!

 1999年から2004年頃まで、自分が燃え上がるような情熱で撮った「黒部」。技術とか、スタンスとか、機材、フイルムかデジタルなどではなく、それを超えることの難しさを、黒部の再取材をこの3月の空撮をスタートに始めたばかりだが、今回、痛感した。この数年で、日本の自然なら何処でも(最低でも100日くらいは必要だが)”それなりに意味がある”写真集を作れるくらいの自信がついたが、逆に黒部だけは持てないのだ。いつしかいちばん得意とする山域が、いちばん纏めにくい場所になっていた。あの時の、過去の自分、今まで出してきた黒部の自著を超えることができないのに気がついた。落ち穂拾いには、燃えてこない。僕が今回かかげた”黒部を残すための取材”、それは今までしてきたような集中して一気呵成に成せるような類のモノではなく、長い年月と、まだまだ沢山の蓄積が必要な気がする。
 という考えから、黒部は当面、2つのやり方で並行して取材することにした。1つ目は昨年思いついた黒部今昔の写真集(出版社から出版できるか否かの返事がないため5ヶ月間保留にしていたが)を3年後位を目処に作ること。2つ目は最新のデジタルカメラでの可能性を特殊撮影などを使い、黒部で試すこと。これはコマーシャルやグラビア、カタログ、カレンダーなどで発表したい。デジタルカメラの可能性を表現することに意味は感じるが、わざわざ写真集にまでする意味はだんだん感じられなくなってきた。

 キャノンの魅力
 最近、中判カメラユーザがデジタルに切り替える人がプロアマ問わず、加速している気がする。いちばん最後になりそうな風景写真、山岳写真の分野でもそうだ。僕も愛用しているペンタックス67,645の今年秋の生産中止の影響も大きかったようだ。それこそフジフイルムがそれを受け継ぎ、販売していけば、フジがフイルム派を一括できて、いいと思うのだが。そんなにうまくはいかないか。
 どこのメーカにしたらいいか?僕は今回、キャノンの企画展のお仕事をした立場だが、現在のボディの性能が大差ないのならば、まずにレンズだと思う。ハイアマチュア以上ならボディは3,4年に一度、30万円の買い換えが必要だが、それなりの撮影をしていればいいことだ。レンズは一揃え100万円だからやはり大きい。後は、今後どんな可能性があるかとか、どんな活動(サークルや写真展や、諸々)をしているかも重要視するべきではないか。キャノンは若い作家に発表の場や仕事を与えたり、若い作家の発掘も積極的にしている。「写真家達の日本紀行」BSジャパン毎週土曜日19:00〜のようなユニークな番組を作ったり、内容の濃い月刊誌を出したり、もちろんある程度儲かっているからこそできるのだろうが、直接儲けにならない、写真界において意味のある活動を、数多くしているメーカーだと思う。
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黒部五郎岳から鷲羽岳と星空・原版デジタル
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黒部五郎カールと星空・原版デジタル
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2009年04月28日

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キャノン銀座ギャラリーでの写真展に飾り付けの後、3日間滞在し、丹沢早戸川大滝の撮影ガイドを終えて昨日27日朝帰宅。急に決まったオープニングパーティーだったが70人も来てくださって、嬉しい。ここ数日は天気よさそうなので早々に28日朝から一人で黒部源流へ向かう(5泊ぐらいの予定)。今回の写真展をスタートにして、デジタルカメラで何年かかけて黒部を取り直したいと思っている。
posted by 志水哲也 at 08:01| 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月15日

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3月26日から4月12日まで18日間、小笠原に行ってきた。4月23日から銀座を皮切りに全国のキャノンギャラリーで開かれるキャノンの企画展のための取材。隔絶した南海の地を思いつくままに旅し、ときめくままにシャッターを切り、何か大きなモノを残して帰宅した。
※写真展は最初に3日間、銀座のギャラリーに滞在することにしました

●「四半世紀の恋」
 辺境に憧れる僕が、いつか行きたいと思い、地形図を買って小笠原を地図上で旅した18才の時。「お前は絶対に小笠原の人と合う」と、父島で仕事をしていたアルバイト先の輩に言われたのが20才。登山家、山岳ガイド、山岳写真家として生きながらその機会は訪れず、しかし、いつも気になっていた。全てに行き詰まったら失踪して、小笠原へ逃避行しようと思ったりもしたっけ……。
 それから四半世紀を経て、来島できるチャンスが現れた。始めてカヌーに乗り、珊瑚礁や紺碧の海、クジラ、イルカを見、海に行きようとする人とも語らった。今まで登山ばかりしてきた僕には見るもの、聞くもの全てが新鮮だった。隔絶した南海の地を思いつくままに旅し、ときめくままにシャッターを切り、僕の中で何かが確実に呼び覚まされた。
 引き金を引いたら始まると予感していた。小笠原でできた友人に必ず再来すると、すでに約束をしてきてしまった。いつものことだが、大口も叩いてきてしまった。6〜7月の小笠原は波が全くなくなる日があるという。海の色が他の季節とは違うという。透明な海の上を飛んで珊瑚礁を俯瞰してみたい。ガラスのようになった海に映える満天の星を早く見てみたい。その準備をしておくことにしよう。小笠原はひとまず終わり(保留)。
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母島沖より小富士・船より(原版デジタル)
posted by 志水哲也 at 07:16| 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

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3月20日〜22日は尾瀬ヶ原に2泊して景鶴山へ。昨年は2日間で挑んだが時間切れとなっていて、その雪辱戦。天候よく、昨年行ったばかりでも、尾瀬ヶ原のような平原は取り付く尾根を見定めるのは難しく、GPSに助けられた。ワカンを履けばほとんど潜らない雪質だったので、至極快調に登頂できた。景鶴山の頂上は狭く、ブッシュに覆われていたが、それが”本来の山頂”のような気がしてまたよかった。今回も夕飯はすき焼きとペペロンチーノ、差し入れのカラスミ、生ハムとご馳走だった。中国産干し椎茸がやたら不評だったが……。
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景鶴山頂上から至仏山(原版デジタル)
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2009年03月13日

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 3月7、8日は鷹取山と沖源次郎沢出合のゲレンデ講習の予定だったが、日曜が雨の予報だったので、土曜日だけとし、お客さんが2人だけだったので密度が濃い講習が出来た。
 夜は恒例のクマ鍋懇親会は、10人プラス、戸沢山荘の6人で盛り上がった。遠方からも来てくださり嬉しい限り。翌日も雨が降らなそうだったので、歩きたい人を募って3人と塔ヶ岳のちょと手前の木ノ又小屋までコーヒーを飲みに行く(塔ヶ岳でないのがミソ)。
ここも味がある温かみある小屋だった。

●人生にはふつうに努力しては決して越えられない壁がいくつかある。それを乗り越えるには飛躍できるチャンスを掴むしかない。そして、その時にどれだけのことができるかが、その人の力量というものだ。

●今日3月13日で東京発のブルートレインが廃止になるという。新幹線は旅をつまらなくした。携帯電話が山をつまらなくしたように。

●「夢」、「目標」、「計画」位置づけは人それぞれ違うだろうが、即実現に向かっていくべきか。ひとまず飾っておくべきか、二択だ。
posted by 志水哲也 at 17:18| 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする